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ゼロ・トレランス

ゼロトレランスはアメリカで広く行われている教育指導実践の在り方です。簡単に申し上げると、生徒に規律を求め、そのための詳細規定があり、その規定を違反したら、言い訳一切なしで、矯正学校(オルタナティブスクール)へ送り指導し、改善されたらば元の学校に戻ってくる仕組みのことです。「割れ窓理論(broken windows theory)-一つの窓が割られると次々と割られていくため、初期の段階で処置をすることで連鎖させない」を学校に適用し、ゼロトレランスを即行うことを始めました。(ゼロトレランスは正式には「段階的規律指導(progressive discipline)」と言われる)
日本では考えられないことです。もしこのようなことをやれば、人権問題、訴訟、マスコミによるバッシングが即行われるでしょう。しかし、人権問題、訴訟大国、多数のマスコミで支配されるあるアメリカでこれが全米で行われ、しかも成果を大いに上げているのです。事実、自己規律(self-discipline)が確立され、勉強の成績がどんどん伸びていって、アメリカの公立高校で入学志願者が約3倍になって例があります。(ただし、これらの成果という判断は、複数の書籍、アメリカ教育を知る方からのヒアリングに基づくもので、私が実際に調査したわけではないので、どこまで成果があるかは不明)
その根底には自由という言葉の解釈にアメリカと日本の違いがあるのではないかと言われています。「自由」を表現する英語にはいくつかありますが、特にfreedomとlibertyとの違いにあるようです。前者は「制限を伴う選択の自由」であり、後者は「放任、放縦な自由」であります。アメリカの自由とは前者であり、日本の自由は後者であるといいます。したがってルールという枠の中で自由があり、それを破ればペナルティがあるのは当然という考え方をするのであり、日本では制限なく自由、つまり何をやっても構わないという発想があります。アメリカでも1970年代まではヒッピーに代表されるように、後者の自由がはびこった時期があります。(今の日本人はアメリカの教育がそのようであるという印象を持つのは40年前のイメージが更新されていないためであるといわれています)しかし、1983年レーガン政権下での「危機に立つ国家」以来、アメリカの教育改革は着実に進展し、学校規律はほぼ達成されたようです。教室で生徒が守るべき基準を具体的にかつ実践的に教え、しつけていくことが行われ、現在は規律正しい学校運営が行われているといいます。遅刻撲滅という言葉は日本の学校でもよく聞かれる言葉です。校門前でのあいさつ運動、呼び出し指導を行っても一向に改善されないのは、皆様ご存じのとおりです。私はかつて全校生徒の1/3が毎日遅刻する学校の改善や遅刻者多数で深刻な問題を抱える学校の改善を行ったことがありますが、そのときは一瞬にして一桁そしてゼロへ変わりました。そのときに使った手法は今思えば、ゼロトレランスでした。これは明らかに効果があります。しかしこのようなことを聞くと「生徒の自主性が大切だ」「対話をすべき」という声が聞こえてきます。しかしそのようにやっていつまでたっても、良い状態へと変えられない現状は一体何なのか?と思ってしまいます。「それでは単なる教員たちの自己満足にすぎないではないか。それよりも一日でも早く改善して、よき生活習慣を作ることで習慣の善循環システムが動き出すことが大切ではないか。自主性はその先にあるのである。」と考えます。生活習慣が変われば学力が上がるというのは私の持論でもあり、実際多くの統計調査でも示されているとおりです。今後、機会があればアメリカの教育実態について調査をしたいと思います。
  1. 2013/10/01(火) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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