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不思議な日本語 ~過去と存続~

日本に来た外国人が日本語で不思議に思うことの1つに、過去を表す「た」があるそうです。
 例えば、電車がすでに来てしまったことを表現するために、我々は「電車が来た」と言います。一方、電車はまだ来ていないが、向こうからやって来ている時にも「電車が来た」と言うことがあります。外国人はこの時、「電車はまだ来ていないのに、どうして『来た』と表現するのか」と疑問に感じるようです。
 結論から言ってしまうと、電車がまさにこちらに迫っている時に「来た」と表現するのは、「た」が一般的に用いられる「過去(~した)」の用法の他に、「存続(~している)」という用法でも用いられるからです。どうしてこのようなことが起こったのでしょうか。
 現在用いられている「た」は、昔は「たり」という助動詞でした。助動詞とは、ものの動きを表す動詞に付いて過去や未来などの意味を表すものです。そしてこの「たり」は「完了(~してしまった)」と「存続」の意味で用いられていました。この2つの意味は当時、明確に区別されて使われていました。しかし時代が下っていくにつれ、「完了」の意味が「過去」と混同され、ついに区別がつかなくなってしまいました。その結果、「たり」を「過去」としても用いるようになりました。また、「たり」そのものの形も、近代になって「た」だけになってしまいました。問題だったのは、「た」の意味に明確な用法の区別をつけなかったことです。ですから「た」は過去の意味ですが、それ以外の時にもなんとなく使うようになってしまいました。
 普段は意識せず使っている我々の言葉ですが、実はその中には様々な要素が詰まっています。そのような要素も、子どもたちの言語感覚を育てるために役立つと思われます。
  1. 2012/10/01(月) 00:00:00|
  2. 講師たちから
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