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日本の生徒の英語力はどの程度か?

文部科学省が昨年の4月4日に公表した、平成27年度の全国の英語教育の状況を都道府県別に公表しました。
 全国の都道府県となると、必ず序列がでてくるのですが、一応述べておくと、高校が群馬県(49.4%)、中学校は千葉県(52.1%)となっています。この数値は、政府が掲げる目標レベルに達している生徒の割合だそうです。
 政府の掲げる目標レベルとは、平成29年度までに卒業段階で高校生が英検準2級以上、中学生が英検3級以上相当の英語力をそれぞれ全体の50%以上身に着けることを求めています。
 また、この状況調査で興味深いのは、英語教員にも同様に英語レベルを求めていることです。英語教員の場合は、英検準1級以上か、それに相当する資格の取得としていて、これも目標が掲げられています。29年度までに高校教員が75%、中学教員が50%となっていますが、今回の結果では、高校教員が57.3%、中学教員が30.2%となっています。
 また、上位となった群馬県、千葉県では、授業が英語で行われていたり、生徒が身に着けるべき能力を段階的に示した指標を利用しているということです。つまり、何かしらの目標を掲げて、それに向けて何かしらの対策が具体的に県独自に行われているということです。
 さて、このような結果を受けて、私は色々と感じました。緑進学院では、小学生でも英語を行っていますが、週2回で1回たったの30分で、わずか1年足らずで英検5級は全員合格し、1年半で4級、さらには2年間で英検3級に合格する生徒すらいます。
 当たり前のことを、地道にやるだけです。たった週2回の30分ずつで普通の生徒たちがこのようなレベルに到達するのに、なぜ、学校ではそれができないのか?ということに問題があるように感じました。
 英語教員の英語力(準1級レベル)が問題になっているようですが、これはこれで英語の専門家としての英語力は必要でしょうが、それよりも授業の方法に問題が多分にあるのではないかと思っています。これまで私は公私立の多くの中高の授業を視察させて頂きました。そこでは、やはりこれは上手な授業だと感じた割合が5%以下であり、まれに素晴らしい先生がいると感動してしまうという状況でした。(本当はどの授業を見ても感動しなければならないはずなのに・・)英語力の前に、教員力といいますか、指導力といいますか、これが重要であると私は20年前から何度も言い続けています。近年はアクティブ・ラーニングの授業手法がにぎわっていますが(私もアクティブ・ラーニング講演会で何度も講師を務めています)これも、通常の授業が上手にできない教員は、アクティブ・ラーニングの授業も難しいということがわかっています。
 もちろん、英語力があればいいという問題ではありません。英語の運用能力(つまり論理的思考や読解力や教養など)はさらに重要なことですが、今は英語力という点についてのみ話をすると、このようなことになります。
 おそらく、このような統計データがでたので、各都道府県市町村の教育委員会では、英語力を高めるためにさらに対策を取ることでしょう。それは悪くありませんが、指導力が何よりも重要であることに注視し、それを飛躍的に上げていく対策の方が重要であると私は考えています。
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  1. 2016/11/01(火) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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新たに不登校になった小中学生6.5万人

この衝撃的データは世間を驚かせました。1993年度は約3.3万人であったのが、2014年度はその倍近い6.5万人となっています。この6.5万人というのは、新たに不登校になった児童・生徒の数ですから驚きです。しかも、年々子どもの数は減っていっているのに、不登校は増加しているということですから、かなりの割合で進行しているといえるでしょう。(この不登校という言葉ですが、定義は現在のところ、心理的理由で年間30日以上休んだ場合を指しています。)
 2014年度段階で、全小中学生の数は、1012万人です。その内不登校は何人いると思われますか?統計では12万2912人です。6.5万人が新たに不登校になったということは、前年から継続している不登校の生徒は、5.7万人です。これを新規で不登校になった割合(全生徒数で割った割合)は、93年度が0.25%で、04年は0.55%となっています。これだけみても倍です。国立教育政策研究所の意見では、既存の不登校生に目を向ける一方で、この新規が増加している点について未然に防ぐ施策が必要な時期に来ていると言われています。
 このようなデータを見せられ、皆さんはどのように思われるでしょうか。まず、問題は何か?を思われるでしょう。もちろん、端的にこの理由を語ることはできません。感覚的にこうではないかということは言えても、明確かつエビデンスをもって、これが原因であるとは今のところ言えません。ですから、国立教育研究所でも、対策について目を向け、原因については触れません。
 しかし、何事も、原因をさぐり、それを解決しなくてはなにもなりません。未然に防ぐ策を考えるといっても、おそらく周囲が気をつけてみておく、いじめがなくなるように先生や家庭で子どもの変化に気づくようにするなど、おそらく精神論的な策で終わることでしょう。つまり、属人的解決手法によるもので、非常に重要なことではあるものの、おそらく何の解決にならないでしょう。
 では、どうすれば良いのでしょうか。この点について私の意見を書こうと思います。(これは私見であり、明確なエビデンスがない以上、想像の域はでませんが)
 いじめや家庭の不和、さらには親の教育に対する無関心など、さまざまな理由はよく語られますが、確かにその一面はあることでしょう。しかし本質的には、次の理由によるものではないかと推測しています。
「学校そのもの、勉強自体がつまらないものになっている」
こういうと、昔も同じであると言われるかもしれません。そうです。昔も面白くないのです。では何が変わったかといえば、それは子どもたちが変わったのです。一昔前と比べ変わったことは、世の中に子どもたちの興味関心を引くメディアやコンテンツがあふれていることや世の中の働き方が変わり、別に無茶苦茶頑張らなくても“生きていけそうな感じ”になっていることです。その結果、多様な考え方を持つ子どもたちが誕生し、画一的で皆同じ答えを求められる学校や勉強に対して、違和感を早くも感じ、そこから自分のアイデンティティを守るために、物理的に遠ざかっているのではないかと推測しています。これは何も、子どもたちに限らず、大人の世界でも同じでしょう。社会が変わり、人々の価値観が変わり、そして学校や会社という組織やコンテンツが変わっていないとなると、不適応な人が出てくるのは当然のことでしょう。いずれにせよ、教育の世界でも、変革が必要なときに来ていることは明確です。今のままでは、益々この数値は上がり、学校という機能を失っていくことでしょう。
  1. 2016/11/01(火) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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