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教育はビジネスか?

私は20歳で会社を設立し、塾を始めたとき、あることに直面しました。それは教育をすべきかビジネスをすべきか、という葛藤です。会社ですから利益を得てなくてはやっていけません。しかし利益追求をしていくと教育が本質からはずれます。公立学校の場合は、お金については一切現場の先生は考えずに教育に専念できますが、私塾はそういうわけにはいきません。生徒が減れば、即減収となり、生活は危ぶまれるからです。生徒がたくさんくれば、収入が増えうれしいですが、教育の質的問題が生じます。しかしだからといって、生徒を眼の前にすれば、この子のために何とか成績を引き上げてあげようという気持ちになります。
 この問題はかなり続きましたが、わたしはあるときこの問題にようやく終止符を打つことができました。結論として、「共に重要である」に至りました。当たり前のことですが、少々これには説明が必要になります。次に述べるのは、一般的塾のパターンです。「教育の質の高いところには人が集まる。したがって収入は後からついてきていた。しかしいつしか収入増に安住すると、質的側面は失われマニュアルによる無機的形式的対応になる。それをカバーするために、大量の宣伝広告を打つ羽目になり、表面的に実績がでているかのように錯誤に陥れる手法を導入することになる。生徒募集は営業活動となり、人数増が目的化し、もはや教育ではなく、教育の名を語るビジネスに堕することになる。」このパターンは、私の知る限り、かなり多くのチェーン塾がこのような実態になっています。しかし私は、株式会社が私塾をやっている以上、お金儲けは絶対的に必要であるという立場ではあります。重要なことは次のことです。
「お金儲けに問題があるのではない。『崇高』な理念がないところに問題がある」
理念とは、額縁に飾ってあるものをいうのではなく、この考え方(理念)に自分の一生をかけ、そしてブレない状態を継続できるものをいいます。その内容が崇高であるかどうかが問題であるということです。表面的には美しい言葉を並べ、人々の共感を生むようにしていても、実際の行動面では、「お金儲けが第一」では、いずれ崩壊する日がやってくるでしょう。いまだ、新聞の折り込みチラシやホームページの宣伝実績によって洗脳されている方もいますが、多くの方は本物から偽物かは徐々に気づき始めています。大手の個別指導塾グループが粉飾決算を行い、実態は赤字であった出来事は記憶に新しいと思います。これは氷山の一角であると理解する必要があるでしょう。崇高な理念をもち、それを力強く推進し続けるところが、本物として残っていくと思っています。今の日本の教育問題や社会問題の遠因は、もしかしたらこれまで跋扈してきた塾にもあるのかもしれません。本気で日本のための教育、世界のための教育を行い、本質で生きる人間を作る基盤づくりを塾もそろそろ担っていくべきではないかと思います。
私は、バカバカしい塾間競争は一切無視し、あくまでも子どもの「心の状態を上向きにする」「生活習慣を正す」「効率的で無駄のない勉強方法を教える」という3つのアプローチで指導をしてきました。もちろん結果として学力が向上することは言うまでもありませんが、それよりも人間として大切なことを仕込めたと今も思っています。このような方針を明確化し、たゆまぬ努力で邁進する学校や塾でこの日本が満たされることが私の今の「希望」であります。そろそろバカバカしい他との比較や、表面的知識学習から離れていく必要があるのではないでしょうか。
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  1. 2015/01/01(木) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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