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学びの共同体

「学びの共同体」という言葉を聞いたことがある方は教育関係者の方でしょう。おそらくそのような方以外はないと思います。これはグループ学習のような形式ですが、しっかりと学びができるように構築された学習スタイルです。現在、世界の学校教育現場で常識となりつつある形態ですが、日本ではようやく市民権を得てきたようです。日本では元東京大学大学院教授で現学習院大学教授の佐藤学氏が推進されており、第一人者です。
学習形式として4人(男女2名ずつ)で1グループを形成し、わからない生徒はわかる生徒に聞き、またある程度高度な問題に対して討論を通じて学び合う形となっています。(3人では多様な意見がでない。多すぎると“お客さん”になるといいます。)この協同的な学びにおいて、「班学習のように小グループを代表して意見を言わせてはいけない」「リーダー存在しないようがいい」と言われております。そして教師はグループの学び合いに参加できない生徒に対するケアするスタイルをとります。教科書の進度に関しては遅らせてはいないことになっており、方法は2つあります。一つは、単元の進行にメリハリをつけること、つまり素早く押さえるところと発展的に学ぶところを効果的に組織することであり、もう一つは協同的学びを「ジャンプのある学び」として組織し、課題を高いレベルに設定することのようです。
 私はその「学びの共同体」のモデル学校(茅ケ崎市立浜之郷小学校)に視察に行ってきました。その学校は1998年開校以来、「学びの共同体」としての学校を創学の理念として現在に至るまで学校経営されています。学校のパンフレットには、「学びの共同体としての学校」とは、ということで説明がついています。そこにはこうかかれています。「子どもたちが学び育ち合う場所であるだけでなく、教職員も『教育』の専門家として学び育ちあう場所であり、保護者や地域の方々も学校の教育活動に参加して、ともに学び育ちあう場所であることを意味している。」そして「学び」の意味については「モノ(教材、あるいは対象世界)と対話し、他者の考えや意見と対話し、自分自身の考えや意見と対話する実践」と述べられています。その学校では定期的に教育研究発表会が行われておりそれに参加しました。当日は全国から教育関係者(教育委員会、校長、教師、教育学部系の大学生など)の来訪者があり、おそらく200人~250人は来校されていたでしょうか。午前中の1コマの授業を小1~小6に渡って自由にほとんどの授業を見学することができました。机の並べ方は黒板に向かって、2重、3重のコの字型に配置する形式や、グループ(4人)で島を作っている形式のいずれかで統一されていました。国語の授業の印象は、教師は大きな声を張り上げることなく、どちらかというと落ち着いた声でゆっくりした感じで話をし、生徒に問いを投げかけ、生徒が次々と手をあげて答えていくというものです。授業は静粛な感じの中に生徒の意欲的な意見が次々と出てくるという状況です。そして生徒の意見に対して教師は一切、コメントをしません。つまり生徒の意見を反芻、反復したり、簡単にまとめたりして皆に伝える程度であり、意見について先生の個人的見解は一切排除されています。これはどの授業においても言えることでした。それが「学びの共同体」授業のやり方であるからです。先生はどうしても介入したくなりますが、それをこらえている様子がよくわかりました。非常に斬新なそのスタイルは、世界の常識になりつつあるといいます。私が見学したこのスタイルが欧米の学びの共同体をどの程度異なるかわかりませんが、非常に刺激的な一日でした。
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  1. 2014/07/01(火) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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