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目標達成は正しいのか?

「目標設定は正しいのか?」という問い自体、愚問であると思われるかもしれません。正しいに決まっているだろうと言われそうです。しかし私はこれに対して少し懐疑的な気持ちを持っているのです。今回はこのテーマについて話をしたいと思います。
はじめに、目標設定の持つ効果について考えてみましょう。
・目標があることで、一歩先に踏み出すことができる
・目標を決めると、現状との差が明確になり、何をすべきかがわかる
・目標があると、スケジュールが立てやすい
・目標設定をすると、イメージができやすい(イメージができると達成しやすい)
と、他にもあるでしょうが、これぐらいはざっと出てきます。私は、これらは間違っているとは思いませんし、実際これらが嘘であれば、とっくのとうに目標設定理論は崩壊し、巷の書店から関連本が消えていることでしょう。ですからある一面正しいのです。しかし、よく考えてみたいのです。目標を作る目的は、その状態に至りたいからであり、達成することが目的です。では、本当に目標設定すると達成できるのでしょうか。私は講演会や研修会で次のことをテーマに皆さんによくお話をします。それは「目標は達成されることはない」ということです。これは誤解を招きやすい内容なので次のような説明が必要です。
「3位になりたいと思う者は、3位を目標にしていては決して達成することはない。3位になるものは、常に1位を目指していたものだ。点数で80点取りたいのであれば、90点以上とる勉強をしなくてはならない。80点を目標にしていては、80点は取れないのである。100m走で最高タイムを出す者は、110mと10m先に目標を設定している。100mに設定するとそのゴール直前で気を抜くため失速する。1流は少なくとも10%先を見て行動しているのである。」
 以上の話は、「(形式的)目標設定値は達成されない」という内容です。ですから私は1歩から2歩先を設定するように皆さんにはお話をするのです。
 しかし、ここでさらにもう一段疑問が出てきます。
「一流を目指して、二流。超一流を目指して、一流。では、超一流はどうしているのか?」
 これに対する回答が今回、お伝えしたい本質の部分です。それは次のようなものです。
「超一流は、飽くなき使命の追求、強い継続した好奇心の結果、達した状態のことであり、具体的な目標は存在しない。目標を設定した段階ですでに目標値という“天井”が出来上がっており、それ以上になることはないのである。大学のランクで例えれば、東京大学がトップであるが、そのトップの大学の中でも、1番で合格するものもいれば、ビリで合格するものもいるのである。上位合格者は、偏差値による目標設定を意識せず、勉強を『学問』としてとらえ、深い好奇心のもとにその学問を追求している。下位合格者は、勉強を一生懸命やり、模擬試験での目標設定を行い、継続的努力を続けて合格している。また一日一善は道徳的に正しいが、目標をこのように決めることなしに、常に人に対して喜ばれることをやろうと考える者は、一善はすでに通過し、二善も三善も自然体で行われる。一日一善を設定したものは、目標達成を数字で考え、その数字を達成するために日々努力をすることになる。しかし、これはやがて継続心があるものとそうでない者とで、結果に大きな差がでる。そして多くの場合、継続心はないのである。」
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  1. 2014/02/01(土) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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韓国の英語教育

2013年9月に韓国の清州(ソウルから高速バスで2時間)へ学校視察に行ってまいりました。ここは教育都市と言われており、人口60万人の大都市です。視察した学校は清州にある初等学校と中学校です。共に公立学校です。私は韓国の英語教育政策も研究しているため、過去にソウルの学校、特に初等学校への視察は頻繁にしておりました。
今回は初めての地方学校の視察です。初等学校は、ソウル同様システムがしっかりしており、教師は英語で英語を指導し、ほとんど韓国語は使用しておりません。またこれは韓国教育全般にいえることですが、ICT(情報コミュニケーション・テクノロジーの略で、一般にITのこと)を使用して効率的に授業が行われています。比較的大きめのモニターに電子教科書が写し出され、音声や動画も手伝い、生徒を飽きさせないように工夫され、さらに一つの習得事項について「繰り返し」が行われています。したがって、極端な話、予習や復習をしなくとも授業のみで習得することが可能という印象です。(これは視察した英語のみ)教師に聞くと、宿題は出しているといいます。内容は次回の授業の予習をDVDや教科書で勉強することや、授業の復習をすることになっているようですが、私が見たところ、先生がチェックしている様子もなく、ほとんど生徒個人の自主性に任されており、どの程度しっかりと勉強しているか定かではありません。また、ほとんどの生徒が塾へ行っているため、塾で勉強しているために問題ないということも考えられます。因みに、塾は夜の11時までというのが一般的であるようです。
ここまでのことは今までの研究でわかっていましたが、今回中学校の授業をじっくりと観察しました。中1~中3までそれぞれ3クラス能力別に編成されています。一番上のクラスは「未来クラス」次が「創造クラス」一番下が「サラン・クラス」といい、これは日本語に訳すと「愛クラス」となります。中1の授業は初等学校の授業の延長という感じであり会話を中心として授業です。印象としては、無難な授業と言ったところでしょう。中2、中3はICTを使用した授業ではありますが、文法や訳読といった授業で、ICTを使用する以外日本の英語の授業と変わりません。私は初等学校を今までは見てきたため、韓国の英語教育はずいぶんと進んでいるという印象でしたが、中学校の授業を拝察すると、これは日本と大差がない(つまりたいしたことない)ということがわかりました。これは一般的公立中学校の様子であり、多少の差はあれ、どこの中学校でも大同小異であろうと推察できます。しかも韓国英語教育は英語で英語を授業するという政策をとっています。中学校、高校は「できるかぎり英語を使うこと」としていますが、私が視察中ではほとんど韓国語で授業をしていました。その理由は、大学入試問題にあるようです。つまり入試で要求される内容に合わせて授業をしているということです。初等学校では理想的な英語教育の授業が展開されているにも関わらず、残念なことです。日本では今年より高校では英語の授業は英語で行うこととされていますが、実態としては行われていません。文法や訳読が必要な大学入試が変更されてない限り、授業内容を変更することも、またその方法を変更することも難しいでしょう。
  1. 2014/02/01(土) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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