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学校教育方針変更は有効か

2004年に起こった、私立学校の裁判騒動についてのお話しです。これはある私立学校が校長の肝いりで心の教育として特徴的な「論語をベースとした道徳教育」を行っていたが、その校長を解雇し、道徳教育も学習指導要領に基づく通常の道徳授業のみとなり、在校生の保護者が元の教育方針に戻すよう訴えたというものです。
この話の背景には、当時の不明朗な経理体質や理事会による65歳定年制の導入により校長を退職させるという動きがあったようですが、後援会会長はじめ校長を支援する方が多くいたようです。何が正しく、何が間違っているかは当事者でなければわかりませんが、今回のお話は、学校説明会や学校案内で打ち出している学校の特徴と異なることを入学後に行った場合、つまり方針が変更となった場合、保護者や生徒は不利益を被ったということで損害賠償を求めることができるのでしょうかという問題です。
この裁判は最高裁判所までいきました。はじめの地方裁判所では、学校側が勝訴し、次の高等裁判所では保護側が勝訴し、最高裁では学校が勝訴し結審しました。つまり、教育全体の中で、学校設置者や教師に教育内容や指導方法の変更につき裁量が認められるということです。そして親の学校選択の自由の侵害の有無については、「保護者の信頼を侵害したことは認めるが、期待・信頼のもち方は保護者によって多様であり、それだけではただちに不法行為は成立しない」となっています。
単純に考えてみると、「学校説明会で言ったこととやっていることが違っていることに対して、教育内容や方針の変更をしたら不法行為として認められる」としたらどうでしょうか。これは明らかに「?」という感じになるでしょう。もちろん今回のケースの背景には様々な要因や程度の差があったことと思いますので、そう単純には判断できませんが、ようするに、変更はあり得るしそれは問題ないということです。
このように学校の教育方針をめぐる裁判について、最高裁までいったという稀な事例ですが、常識的範疇で考えれば正否はわかりますが、感情的問題がここに介在するためどうしても裁判になることが多いようです。労働者の解雇問題はその最たるものでしょう。解雇する側に問題あるときもあれば、される側に問題があるときもあります。現場にいる当事者や関係者はいきさつを知っているのでどちらに問題があるかは感覚的にわかってはいても、感情的に納得できず裁判へと進みます。そのときに重要になってくるのが、証拠です。いつだれが何を言ったのかということを時間軸で書面化するというプロセスや契約関係書類などが問題になり、その内容によって決まると言われています。
本来はこのような裁判が起こるような事態を招かないのが上策です。そのためにははじめに契約や取決めごとをしっかり両者(学校と保護者、経営者と労働者など)で結び、その後はよりお互いが高め合えるような議論やコミュニケーションを頻繁に取りながら成長していくのが望ましいのです。しかし現実的には日々の忙しさ、さらにはコミュニケーション不足による誤解や錯誤によって関係性が悪化し、ますますコミュニケーション頻度が下がり、マイナス・スパイラルへと突き進んでしまうのです。人間関係というものを重視し、問題の種ははじめに取り除いておくというスタンスが大切です。
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  1. 2013/12/01(日) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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