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正反対のベクトル

私の知人が、先日、旅行に出かけました。その後、戻って来たときに旅行中の話をたくさんしてくれました。しかし、私はそれを聞いていて何か心地の悪い感じを受けたのです。彼が話をしている内容は「食事がいかにまずかったか」「旅館の対応がいかに悪かったか」「パンフレットに書いてある内容といかに異なっていたか」などなどです。つまり彼は「いかに自分が被害を受けたかという点」「気分を害したか」ということを話すことで、自分の中の鬱憤を“離し(話し)”しているのです。聞いている方はたまったものではありません。彼の話は不平・不満のオンパレードであり、それは自分中心に物事を思考する結果現れた現象なのです。これを一般にマイナスのベクトルと呼びます。
一方、私の知人にはこの逆の方がいます。それはマイナスのベクトルとは正反対のプラスのベクトルなのですが、おそらくプラスのベクトルと聞いて、「いかに旅行が楽しかったか」「ラッキーなことが起こった」などプラスの発言を中心とした話を想像するかもしれません。しかし真のプラスのベクトルとは実はこのようなことをいうのではないのです。彼はコンサルタントをしているのですが、「お客の対応に問題があるが、それを○○のようにしたら随分と変わるだろう」「パンフレットの表示については今のままだと誤解を受けかねないので、○○のように改善するといいだろう」ということを語るのです。問題点については前者の方を同じですが、思考回路が全く逆になっていることにお気づきでしょうか。つまり「○○のようにすべし」というプラスの方向へと思考が向いているのに対して、前者は「単なる自分の感情が害されたことに対するイライラの発言」で終わっているということなのです。
マイナスに感じたことをマイナスのまま感情を伴って発言する人は少なくありません。しかし改善方向示し、よりよい形へと発展させるように発言するひとは多くありません。私はよく「マイナス発言をやめよう」と言います。緑進の5つの約束事の1つにもなっています。しかしそれはマイナスなことを無理やりプラスなことと表現するだけの話ではなく、マイナスな出来事をマイナスなこととして認識し、「ではそのベクトルをプラスに向けるにはどうすればよいか」を考えることも含まれているのです。例えば勉強で言えば、20点しかとれなかったという事実を認識し、では間違えた80点分をどうするか、どう改善させるかということが大切であるということです。しかし、このような訓戒めいた話は一般に精神訓話ととられるため、私は「残り80点分が今日マスターできて家に帰る。ということはそれだけ頭が今日良くなるとういことを意味するのだから大変良かったことだ」と肯定的に話します。これは何も「20点が良い」という洗脳をしているのではなく、マイナスを改善し、プラスにもっていくという話なのです。
誰しも、好んでマイナスになっているのではありません。しかしマイナスのまま感情を伴って、そのままに放置しておくことに問題があるのです。成長のためにはマイナスが必要なのです。それが改善されプラスのベクトルが転換されて、はじめて発展していくのです。確かに自分のマイナスなことはできれば避けたいし、目を背けたいと感じます。その一方で他人のマイナスはやけに目がつき、気になり、文句の一つも言ってやりたいという気持ちもできくるのが人というものでしょう。しかし、それではいつまでたっても良くなりません。
こんなことを最近2つのタイプの知人から学びました。
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  1. 2013/09/01(日) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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