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漢字テストの重要性

 緑進では、小学生の生徒に毎週漢字練習の宿題を課しています。宿題で漢字を練習してきてもらい、次の週に漢字テストを実施するというのが基本的な流れです。宿題として漢字練習を課すのは小学生までですが、私はこれをやったかやらなかったかで、中学生になってからの勉強に対する取り組み方が全く違うということを感じています。
 例えば、中学生になってからは毎週英語の単語テストがあります。中1の中には小学生の時から塾に通っている生徒もいれば、中学生になってから塾に入ってきた生徒もいます。この場合、小学生の時から通っている生徒は毎回の単語テストにほぼ合格してきます。単語テストは同じ範囲のものを3週繰り返します(合格ラインは上がります)が、仮に1回目で不合格になったとしても、次の週には合格してくることがほとんどです。一方、中学生になってから塾に入ってきた生徒は、1回目はほとんどの確率で合格できません。では次の週には合格してくるかというと、次の週も不合格になる生徒の方が多いです。
 このことは単語テストの勉強の仕方が分からないというのが主な原因ですが、決してそれだけではありません。なぜなら、私たちは新しい生徒に単語テストを行わせる時に、必ずその勉強の仕方を指導しているからです。それにもかかわらず単語テストに合格できないのは、その生徒に勉強する習慣がない、あるいは勉強する姿勢ができていないからです。
 小学生の時に行う漢字練習は、この勉強する習慣や勉強する姿勢を養うことに効果があります。緑進の漢字練習は「1日1ページ」を原則にしています。そのため1日の中に必ず漢字練習に取り組む時間ができます。これは中学生になってからも英単語を練習する時間や宿題を行う時間になります。このような時間を生徒が自分から作っていくことで、勉強する習慣や勉強する姿勢がおのずと養われていきます。また「やらなければならないことは必ずやる」という意識も身につきます。実際、小学生のときに漢字練習を忘れずにやってきた生徒は中学生になってからも宿題を忘れません。宿題を忘れないということは、学校の定期テストや模試の点数で良い点数をとれるということにもつながります。
 最近の風潮を見ていると、「とにかくテストの点数が高ければ良いから、そうなるための方法を教えて」という考えがあるような気がします。テストの点数を上げるための方法はいくらでもあります。しかしそれはあくまで方法なのであって、そこには勉強の習慣や姿勢が伴わなければなりません。もし「テストで点数を上げたい」と考えているならば、今の自分が「やらなければならないことを必ずやる」ことができているかを振り返り、できていない場合にはそうできるように行動していかなければなりません。
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  1. 2013/06/01(土) 00:00:00|
  2. 講師たちから
  3. | トラックバック:0

ゲームが簡単になっている

 私は安価で長時間遊べる、やりこめるゲームが大好きです。簡単にクリアーできてしまう、ほしいアイテムや能力がすぐに手に入るようなゲームは面白くありません。
 ところが、最近のゲームは簡単で、特殊なアイテムもすぐに手に入るようになっているそうです。グラフィックやストーリー性は良くてもゲーム性に乏しくつまらなくなっているのです。
 なぜ、そのようなゲームになっているのか私なりに調べてみました。作る側の立場に立って考えると、すぐにクリアーできるもののほうが、利益が出るのです。一つのゲームをプレイしている間は、次のゲームを購入してもらえません。ですから、ある程度遊んでもらったら次のゲームへと移ってもらえるゲームを作らないと、新しい作品が売れず、利益が出ません。最近では長時間遊べるものの月々一定額を支払うものや、ある程度進むと課金される仕組みのものさえ出てきました。
 次にプレイヤー側に立って考えると、難しいと途中で嫌になってしまい、投げ出すことになります。簡単にクリアーできて、Lvや能力、アイテムなどが簡単に手に入るゲームの方がとっつきやすいのです。
 私にはこのプレイヤー側の発想が理解できません。難しいほうが、やりがいがありますし、長時間遊べます。長時間遊べるということは、お金をかけずに苦労に見合った達成感を得ることができる素晴らしいことだと思うのですが、多くの人はこの苦労というのが嫌であるようです。ようするに、好きなことですら、努力や忍耐を強いられたくないということでしょう。
 以前にもこの緑進便りに書かせてもらいましたが、私は世間がいうほど子どもたちの学力は下がっていない、むしろ上がっているのではないかとさえ思います。私が感じていることは忍耐力の弱い子どもが増えているということです。忍耐力がないので、困難にぶちあたるとすぐに投げ出してしまい、最後までやり通せず、その物事自体を嫌いになるというケースが多く見受けられます。これは勉強だけでなく、スポーツやゲームにでも起こっています。子どものころの遊びやゲーム、スポーツ、勉強でこれでは、大人になったときの仕事など、長続きするはずもありません。「可愛い子には旅をさせよ」とはよく言ったものです。ゲームももう少し旅ができるような仕様にしてもらいたいものです。
  1. 2013/06/01(土) 00:00:00|
  2. 講師たちから
  3. | トラックバック:0

人間教育の大切さ②

前回に引き続き、対策としてどのようにすべきかという点について述べていきます。
このような生徒を公正することができるのでしょうか。程度の差の問題もあり、一概にはこうすればいいとは言えませんが、加害者である親に問題の源泉がある以上、他人がどうこうできる問題ではないことは確かです。そして被害者である子どもは、やがて子どもを産み、また自分の親と同じことをやって今度は加害者になっていきます。このようにして拡大再生産されていくことは明らかです。学校側としては、このような生徒を排除してしまえば、学内環境はよくなるかもしれませんが、排除された子は別の学校や社会で生きることになり、世の中全体では何も変わっていません。したがってこの種の問題は学校の問題ではなく、社会全体でどうすべきかという問題なのです。つまり、教育問題は貧困問題なのです。日本は世界的に見て先進国で、多くの国民は中流階級に属していると思っています。GDPも世界第3位で、ついこないだまでは2位でした。しかし生活保護費は国家予算の3兆円を超え、人数は213万人、しかも年々継続して増加しています。デフレ社会が進行していることは物価が安くなるためにいいことかもしれませんが、実はお金が回らないため、失業者は増え、新しいことにチャレンジするという意欲が失われる社会を形成するのです。そうするとマクロでみたときに、景気回復ということになります。しかしかつてのような景気回復は望めないでしょう。なぜなら生活必需品は皆持っており、衣食住でそれほど困っていません。また奢侈品ブームは去り、そこそこの品質でいかに安いものかという購買規準がスタンダードになっているため従来のような景気浮揚は難しいといえます。一時的に政府がエコ補助金といった特定の業界(会社)のみが報われるばらまきをやるときだけ購買需要が増す程度です。ですから発想を根本から変えて、例えば第一次産業の高度化を推進したりする必要があります。よくよく考えると日本には多くの国土が余っています。地方に行けば閑散としています。樹木も大量にあります。(そのためスギ花粉で多くの人が悩んでいるのはよく知られています)近海にはエネルギー源が埋蔵していることもわかっています。そして何よりも勤勉で清潔好きな国民性というベースがあります。今の日本は高度成長期からの進展で様々な領域でバランスを崩してしまっているのです。ですからそのバランスを修正する対策をとればいいことになります。
しかし、そのようなマクロ的な対策を待っていては事態の悪化は進みます。そこで、私が大切であると思うことは、今、自分は普通であると思っている人たちが、実はじわじわと悪影響を受け、いつしか人として大切なあり方を失わないためにも、自らを律するという覚悟と決意が重要ではないかと思っています。ではどのようにするべきか。それは正しい生活習慣と道徳的観念です。古典に出ていること、昔のおじいちゃん、おばあちゃんが大切だと教えていたこと。ただそれだけです。今一度、私たち一人ひとりが、自分は大丈夫とは思わず、いつも反省し、より高き人間性を持つ人物になれるよう努力していくことだと思います。私もその一人です。日々努力したいと思います。
  1. 2013/06/01(土) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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