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褒めれば伸びるのか

 よく「褒めれば伸びる」といった論調を見聞きすることがあります。生徒を褒めることによって次の課題へのやる気を出させ、それを続けていくことによって生徒の結果につなげていくといったもののようです。私の学生時代を思い返してみても、確かに褒められることは嬉しいですし、自分が他者に認められたような気分になって「次も頑張ろう」という気持ちになったものです。しかしこれを指導する側になって実践しようと思うと、なかなか難しいものがあります。もちろん課題を頑張ったり苦手分野を克服できたりした生徒は褒めますが、生徒自身が何の目標もなくただ「頑張った」というだけでは褒めることの意味が薄れてしまう気がするのです。塾に通う以上、勉強を頑張るのはどの生徒にも共通したことだとも考えられます。
 そもそも褒めて伸ばすことには、「生徒をある目標に向かわせる」といった目的があります。目指すべき目標があり、ただそこにがむしゃらに突き進んでいくだけでは生徒の精神に無理が生じてきてしまいます。そこで目標に進む過程で「褒める」行為を挟むことによって生徒に新たな刺激を与え、生徒たちが自信の目標をより明確にしていくことを可能にするのです。また、「褒める」ことと一緒に新たな課題を提示することも重要です。新たな課題が明確になれば、それだけ目標へのアプローチの仕方も明確になってくるからです。私がよく使うのは「今回は~ところができていた。次は……ところを改善すれば―――できるようになる」といった言い方です。生徒のできたところをまず認め、新たな課題を提示し、それによって何ができるようになるかがはっきりします。大した目的もなく褒めるのは、生徒に「何をやっても褒められる」という意識を植え付けてしまう恐れがあります。それはいつか「褒められないと何もしない」という意識に変わってしまうでしょう。現実の社会で褒められることなどほんのわずかな機会ですから、安易な褒めすぎは生徒のやる気を失わせる結果を導いてしまうと考えられます。
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  1. 2012/11/01(木) 00:00:00|
  2. 講師たちから
  3. | トラックバック:0

私が思うリーダーとは

とある学習塾の宣伝で「でてこい未来のリーダー」という言葉を目にしました。リーダーとは何であろうかという疑問が浮かび、まずは「会社」という枠の中でのリーダーについて考えてみました。
一人で他人の2倍も3倍も成果をあげられる人がいます。そのような人を評価すべく成果主義を取り入れたいくつかの企業では、自身の業績を上げることに主眼が置かれ、部下を育てることがないがしろにされる傾向になり、中には業務のコツを伝えてしまうと、その人の業績が挙がってしまうので、それをしなくなる人も出てきたそうです。
トヨタでは成果主義を導入してからわずか1年半で元の体制、つまり評価を個人の成果が5割、チームの育成が5割の形に戻したそうです。そんなトヨタの社訓(トヨタウェイ2001)には「部下があなたに挑戦して、あなたの作った業務プロセスを改善するような風土を作ってください」とあります。リーダーには部下を育てる能力が求められているようです。
その昔、ある人に「リーダーとは自分に与えられた仕事を極力部下に割り振り、自分は仕事をしない状況を作るべきだ。君のように常に動いていては有事のときに対応できない」と言われました。確かにそのような考えも方もあるとは思いましたが、私は「指揮官が先頭に立って戦うからこそ、人はついて来る」というように考えているので、今の私のスタイルを変える気はありませんと彼には伝えました。「任君は子供だね、そんなんじゃ大人になれない」と言われたのを覚えています。ちなみに有事の際に彼は真っ先に逃げる『ズルい大人』でしかありませんでした。仕事を部下に振り分けるだけではリーダーとは言えないようです。
私の場合、小さいころに見たアニメの影響が多分にあるとは思いますが、戦艦の艦長や軍隊の総帥であっても常に最前線にたち、多大な戦果を上げ、その行動を見た他の者が憧れや敬意を持ってついてくる。それがリーダーだと思います。私自身もそうですが、生徒の皆さんにもそのようになってもらいたいと思います。

トヨタウェイ2001の行動基準
1.現場に行って問題を見つけなさい。
2.問題にすぐに取り組んではいけない。大きな視野でもう一度見つめ直しなさい。
3.本当に大事なことなら横に展開しなさい。
4.問題を見つけたあなたが決断して実行しなさい。
5.粘り強く最後までやり遂げなさい。
6.トヨタの源流である最も効率的な仕事のやり方、業務のプロセスを日々考えて下さい。
7.部下があなたに挑戦してあなたが作った業務プロセスを改善するような風土を作って下さい。
8.一人の部下に対して真剣に立ち向かいなさい。
9.部下の業績を評価して、結果を部下に伝えなさい。不十分なところの原因を考えさせ、指導しなさい。
10.尊敬され、人望のあるリーダーになって下さい。
  1. 2012/11/01(木) 00:00:00|
  2. 講師たちから
  3. | トラックバック:0

ゆとり教育について

昨今、ゆとり教育が見直され、教科書も分厚くなり、従前の教育課程が復活する様相です。マスコミもこぞって、ゆとり教育を批判し、ゆとり教育世代の問題点をあげつらいます。そこで、96年の「中央教育審議会」は第一次答申『21世紀を展望したわが国の教育の在り方についてー子供に〔生きる力〕と〔ゆとり〕を』を見てみましょう。そこでは生きる力を次のように説明しています。
「いかに社会が変化しようとも、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資源や能力であり、また、自らを律しつつ、他人と共に協調し、他人を思いやる心や感動することなど、豊かな人間性であると考えた。たくましく生きるための健康や体力が不可欠であることはいうまでもない」このような考え方が円周率3.14が3になり、発展学習を削除して教科書を薄くしたと断じられています。しかし、よくよく読んでみると、この生きる力の定義は大変立派です。だれもこれを否定することはできないでしょう。また、OECDのPISA試験で測定しようとしているコンピテンシーは「省察(reflectiveness;reflection)」→1)自己の思考や行動を吟味する=メタ認知能力→創造能力は批判的姿勢をとること2)違いや対立を扱う能力→対立と見えるものや矛盾する目標を一つの現実の諸側面ととらえて統合すること、例えば自律と団結、多様性と普遍性、革新と継続性との間の緊張を扱うこととされており、生きる力としての側面も感じます。
 このように、本当に「ゆとり教育」は間違っていたのだろうかという疑問が出てきます。確かに、難しいことは教えず、勉強はあまりやらなくていいという発想は間違っています。しかし、それが短絡的に「ゆとり教育」=悪しき政策と言えるのでしょうか。
 私は、教育政策について少々かじって調べてみた結果わかったことは、政策を作っても、実行するための指針が不十分であったり、そのための人材育成が全くなされていないということが散見されたことです。簡単に言えば、「作っておしまい」ということです。ボリュームを増やして、知識増長型指導は、元来日本が行ってきた指導スタイルであり、そのための研修は必要ありません。(厳密に言えば必要ですが)ですから、「作っておしまい」型の政策をされるぐらいならば、従来のやり方(研修が必要ないやり方)に戻せば、大きな問題は起こりにくいということになります。例えば小学校における英語教育では、今まで行われていなかったため、比較すべき対象がないということで、問題が表面化しにくいのですが、実態としては、人材研修はせず、しっかりとした体系化も組まれることなく、ただ機械的に始まりました。問題が表面化しないまでも、内実はかなり困った状態なのです。「ゆとり教育」もしっかりと、そのための指導者育成を行い、小中高までの教育体系の構築(実際、作ってあるのですが、私から見ればできていないも同然です)を行い、一定期間ごとに定点観測をして評価するという仕組みを入れることが大切だったでしょう。PISAで順位が下がったから、学力低下が世間を賑わし、その結果、圧力がかかって教育政策を元に戻すという構図しか見えないため、色々疑問がわき出てきます。私は「ゆとり教育」が正しいとは言いません。しかし間違っていたとも思えません。プロセスに問題があったのではないかという印象を持っているのです。PISAは結果の一つですが、それはゆとり教育に問題があったという検証はされていないでしょう。ですから今後、政策を実行する際は科学的見地に則り、検証プロセスを明確にして評価をすることが望まれます。
  1. 2012/11/01(木) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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