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夢を持つことは大切か

「『夢追い』型進路形成の功罪」(東信堂 荒川 葉著)という本があります。ここでは、「上位校、中位校、下位校の3つにおいて進路指導の在り方が異なっており、上位校では従来のように大学進学進路指導が行われているが中位、下位校ではASUC職業への容認する姿勢をとっているようだ」と述べられていました。また「学校自らが、高校の『個性化・多様化』政策の下に、生徒の『興味・関心』、『将来の夢』に沿った進路形成を推奨したことにより、生徒がもともと持っていた『憧れ』や『あわい夢』に過ぎなかったものが、現実の『将来の夢』として大きく立ちあがって来ることになったと言える。そのことがASUC職業の増加を生み出した。」(Aは人気(Attractive)・Sは稀少(Scare)・UCは学歴不問(UnCredentialized)でありデザイナー、プロスポーツ選手、アーティストなどの職業を指す)とも述べていました。
現在の進路指導の在り方が学力の高い低い学校によって分化されており、下位校ほどASUCを求める傾向にあるといいます。つまり、これらの職業はもっともなりにくく、また多方面へ容易に転換できない職業群となっており、そのような進路指導を容認している学校に問題があるのではないかという疑問を投げかけています。
さて、このように夢とは一般に将来なりたいこと、就きたい職業を指します。このような夢を持ち、日々夢を追い続けることの大切さやその努力の姿はとても神々しくさえ感じます。しかし、私は「何になるか」という「夢」よりも、「将来に向かっての明るい見通しや自分の可能性を感じる」といった「希望」にこそ、教育の大切さがあるのではないかと思っております。緑進学院では、理念に「生徒に勇気と自信と希望を持たせる」というフレーズがあります。子ども達は学校や塾へは「勉強」をするためにやってきます。彼らの滞在する時間において、その大部分が「勉強」なのです。しかし、その勉強の出来不出来で、自分に対して自信を喪失し、希望を失い、堕落するか、勉強を放棄して別の道を消去法で探します。彼らに必要なことは、何になるという夢よりは、今の現実に希望を見いだせるかどうかの方がはるかに重要であり、切実な問題なのです。自信がないから一歩前へ出る勇気もありません。したがって、緑進学院では、勉強を通じて、勇気を与え、自信を育て、そして結果として希望がでてくることを指導の基本としています。希望さえでてくれば、あとは放っておいて問題ありません。勝手に将来の方向について模索し始めます。
一方、勉強ができるいわゆる偏差値の高い子はどうでしょうか。よく揶揄されて表現されることに、勉強ができる「ガリ勉」は将来の夢は固定化して、弁護士か医者、または官僚といった公務員だと言われます。しかし、これは偏見的な見方です。私は東京大学の博士課程に在籍しており、東大生と接する機会が非常にあります。そこでは世間で言っていることが断片的であることに気づきます。彼らは一様に将来について自分の本当にやりたいことを考え行動しています。
以上のように、私は子ども時代に勉強に対する苦手意識から希望を喪失し、自分の将来に限界をつけていることに問題があると考えています。ですから単に「夢」を設定すれば、勉強を頑張るというものではなく、希望を見出し、その結果として「夢」が自然と見つかっていくというのが正しい一般的現実ではないでしょうか。
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  1. 2012/08/01(水) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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