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合格を手にするということ

受験へのカウントダウンが始まりました。日々、どのような気持ちでお子さんたちは過ごしているでしょうか。
「合格」を手にして自分の夢に近づいていくには、一人の力だけでは出来ません。一発勝負の場で力を最大限に発揮するためには、周囲のサポートが必要です。それが本番での勇気になります。
この時期は「不安」という霧がかかって精神的に弱くなってきます。かつて私もその霧に悩まされた一人でした。目に見えない不安は日に日に大きくなり、胃痛で苦しんだ時もありました。そんな時、私は祖母のこの一言で目の前が晴れました。

「不安だと考えている時間がもったいない。そんな暇があるなら手と頭を動かして、一冊のドリルを何回も繰り返しなさい。分からないところをなくせば、不安はなくなるから。時間を無駄にするな。」

シンプルで非常に当たり前のことですが、当時の私にとってはこれが決め手でした。それからは無心で取り組み、すがすがしい気持ちで受験に臨み、合格を手にしました。

 今、私たちがお子さんにしてあげられることは、不安という霧を晴らしてあげることだと思っています。一人ひとり方法は異なりますが、ポイントは2つあります。一つ目は不安を共有することです。共有すると安心感が生まれ、楽になります。2つ目は私たち周囲の大人が全力で応援することです。私たちが少しでも手を抜いたら、お子さんたちのチャンスを踏み潰すことになるからです。 

 最後にひとつだけ。「合格が人生においての正解とは言い切れない。不合格もひとつの正解。人生には、正解はたくさんある。だから結果を恐れることなく、自分の可能性を否定せず、堂々と胸を張って生きてほしい。」この言葉もまた、私が不合格になって目の前が真っ暗になったときに、背中を押してくれた一言です。
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  1. 2009/02/01(日) 19:41:10|
  2. 講師たちから
  3. | トラックバック:0

みなさんこんにちは。寒い日が続いていますね。夜は暖かくして風邪をひかないように気をつけてください。
さて、今回は2月号ということで「雪」についてお話します。
雪が積もると雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりと、とても楽しかった思い出があります。
中には雪を「かき氷だ」と言って食べていた友人もいました。
はたして、雪を食べても大丈夫なのでしょうか。

雪は大気中の水蒸気(水分)が冷え、氷になることによってできます。大気中には小さなチリやホコリが浮かんでいて、これらを種(氷晶核)として、雪ができるのです。雲の中の温度が氷点下になると、種の周りの水蒸気が凍り、氷の結晶を作ります。最初は0.01~0.1㎜と目には見えないくらいの大きさですが、この結晶の上にさらに水蒸気が凍って成長し、雪の結晶ができあがります。成長して大きくなったものは自分の重さのために大気中に浮かんでいられなくなり、地上に落ちてきます。これが降雪の仕組みです。
つまり雪を食べるということは大気中のチリやホコリを食べるということなのです。

チリやホコリだけが悪いのではありません。雪の水分そのものも有害です。
工場の煙や自動車からでる排気ガスには石炭や石油を燃やすことでできる硫黄酸化物や窒素酸化物というものが含まれます。これらが大気中の水蒸気に溶け込むと、硫酸や硝酸という酸性の液体になり空から降ってきます。いわゆる酸性雨、酸性雪です。
酸性雨の被害はヨーロッパや北米で有名ですが、アジアでも日本と中国で酸性雨が日常化し、特に中国南西部の揚子江上流最大の都市重慶ではpH4前後(トマトジュース並み)の酸性雨が降り注ぎ、森林や農作物に被害を与え、市内の建物や電線を腐蝕させています。銅製の記念碑は腐蝕して碑文が読めず、街路樹も3年ごとに植え替えが必要なほどです。神奈川県においては丹沢山塊の大山にてpH4~5の酸性雨が降るため、モミの木の立ち枯れの報告がされています。
今、白く美しい自然からの贈り物が、人間の手で害あるものになっています。見た目だけではなく、雪本来の美しさを取り戻すためにも、我々はもう少し環境へ配慮する必要があるのではないでしょうか。
  1. 2009/02/01(日) 16:41:03|
  2. 環境について
  3. | トラックバック:0

バランス感覚、リズム感覚

年が明け2009年が始まりました。いよいよ受験シーズンの始まりです。受験生は今までの学習の成果を問う総決算の時期です。失敗を恐れることなく、また楽観視することなく受験の日まで日一日とひたすらに前に進むことだけをやってもらいたいと思います。またその他の学年では、3学期は1学期や2学期に比べ日数が短いことからおまけのような感覚になりますが、次の学年に進んでいくために弱い部分を補強しておく必要があります。よく、中3になっても中1や中2の中学の英語や数学ができない生徒がいます。このような生徒はこのまとめの時期にしっかりとやるという決意と共に実際に勉強して補強しておかなければなりません。これを怠ると“勉強の借金生活”を送るはめになります。この生活は悲惨です。学校に行っても内容がわからないために暇になります。暇になると寝るか遊ぶかのいずれかです。そのうち学校にいきたくなくなります。その子にとって意味がないからです。とにかく今、何とかなっていても一年たてば何とかならなくなります。常に一歩先に進んでいるぐらいで丁度いいぐらいです。新学年までの残りの数ヶ月が勝負です。まずいと思ったら即行動してみてください。

今回は「バランス感覚、リズム感覚」についてお話をします。
緑進創業以来20年の指導で、最も重要なことなに気づいたことは何かと問われれば、それは「感性の大切さ」であると即答します。勉強を教えていると、つい知識の量や読解力(論理力)などに目がいきがちですが、それらを超える根底には「感性」があるということを発見したことが一番衝撃的でした。
つまり勉強とは表面的には論理の世界であるが、実質は感性の世界であるとことがわかったのです。例えば国語では、何を言っているかを考える前に、どう感じるかが大切なのです。どう感じるかとは単純に「良いか」「悪いか」でもよいのです。次に、良いと思うのであればなぜ良いのだろうかと自問することで論理の世界に入っていきます。人間は心を持った動物であり、まずは心で感じています。そして次になぜそう感じるかと“考える”ことで論理的な頭の使い方になっていくのです。ですから、論理は後であり、感性が先に働いております。
学校の学習科目はよくできたもので、英数国理社以外に、音楽、美術(図工)、体育、技術科、家庭科といった実技系の科目が配されており、これらは人が生きていく上で欠かすことができない領域です。しかし学校での勉強となると、知識に偏りがちになり、ただ歌を歌いましょう、運動しましょう、物や料理を作りましょうといった結果のみに焦点があてられ、その結果によって評定がつけられます。これ自体は悪いとは思いませんが、これらの実技科目で感性を養うという視点で指導したならば、その感性が五教科の能力向上に役立つことは間違いないでしょう。
本来の学校の実技教育はこのように感性を育むためにあるため、これらの科目を通じて感性を養うことがよいのですが、実は日常生活の中で養う方がずっと本質的なのです。人間は環境に支配されて人格が形成されていきます。感性も同じことがいえます。日々の生活の中で美がなく、いつも乱雑とした雰囲気と騒々しさの中で暮らしていては良い感性が身につくとは到底思えません。私がしつけ三原則で唱えている「整理整頓」は美を作り出し、さらに無意識の内に感性を高める手段になっています。もちろん整理整頓だけが日常における感性を高める手段とは思いません。多くの手段があると思いますが、一番簡単な方法として考えてみてください。
  1. 2009/02/01(日) 00:00:00|
  2. 石田勝紀からの便り
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