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ジョーの奇妙な冒険1 (1/6)

タイトルが「ジョーの奇妙な冒険」と言うことで、最初は期待通り海外生活で起きたよしなしごとをそこはかとなく書きつくろうかと思っていましたが、止します。海外での冒険に関しては、また別の機会に。

今回は特に、「奇妙な」という部分に注目しました。ただ、今まさに書き始めようとしている冒険は、海外滞在と全く無関係というわけではありません。というのは、滞在に先駆けて日本国内でその資金を稼いでいるときに、まさしく「冒険」の原点となるべき期間に「事」が起こったからです。

ちょうど今から6年前の初夏、僕は箱根の某ホテルで泊まり込みの仕事をしていました。夜勤でしたので、朝の8時に仕事を終え、9時頃入浴し、洗濯を終え、就寝に入り、夕方まで寝て、夜9時にまた出勤です。何のなじみも無い地域で、一般の人々と普通の時間に接することもなく、1ヶ月間、ただ黙々と、最終日まで日数を数えながら、勤務日数を消化していました。

休みの日になると、朝、仕事を終えた後、寝ずにスクーターを3時間弱とばして横浜に帰り、さらに何とか寝ずにがんばって「普通のこと」----たとえば友人と会って話したり、町をぶらついたり、買い物をしたり ----をして、無意識にバランスをとっていたせいかもしれません、不思議と鬱状態になることはありませんでした。


よしなしごと
つまらないこと、らちもないこと

そこはかとなく
とりとめもなく

※参考:
「徒然草」 吉田兼好


<次回へ続く>
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  1. 2007/09/22(土) 16:20:19|
  2. ジョーの奇妙な冒険
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教えるということ

 今回は、「教えるということ」について述べていきます。私は過去の自分の学校生活を振り返って、教えてもらったという印象をあまり持ちません。例えば、小学校で水泳の授業がありましたが、泳ぎ方を教わりませんでした。中学校で美術の時間がありましたが、絵の描き方を教えてもらっていません。国語にしても作文の書き方を具体的に教えてもらったこともありません。(段落の先頭を1文字空けるなど形については教えられましたが)英語、数学、理科、社会にいたるその他の教科についても、教科書的な内容(解説)を音声化して話をしてもらいましたが、“教えてもらった”感覚は持ちませんでした。
 私は、教えるということは、「取り組む最初のきっかけ」「つまづくところ」「疑問に思うところ」を指導してくれることだと考えています。上記の例で言えば、泳ぎ方、絵の描き方を(導入部分にはちょっとしたコツがある)教えてきっかけをつくってあげます。しかしその後に、つまづきます。そのつまづいているときに寄り添って指導してあげなければなりません。通常は良心的な先生でも目に付いた生徒に対してしか寄り添いません。私は、自分が受け持つ全ての生徒に対してフォローをするべきだと考えていますし、実際にそれをやってきました。例え1クラスが40人であっても方針は変わりません。人数の問題は進め方の工夫でなんとでもなるからです。つまづきの後は、さらに生徒から疑問がでてきます。しかし生徒は大抵質問しません。なぜなら、質問できる雰囲気ではないからです。したがって、先生がその疑問を先取りして教えてあげる必要があります。英語や数学などの教科学習では、例えば英語ではなぜそのような訳になるのか、数学であればなぜそのような解き方を思いつくのかという疑問がありますが、プロセスについては一切説明しません。教科書的な解説を音声化するにとどまっています。(実際はそれらの「なぜ」に対する回答は存在します)
このような教え方をするためには、集団に対して均一化して教えているだけでは実現できません。集団であっても個別対応が必要になってきます。私はこれを集団的個別指導と呼んでおり緑進の全授業で実際に行っております。教えるということは、生徒の気持ちを感じながら「取り組む最初のきっかけ」「つまづくところ」「疑問に思うところ」をしっかりと指導することです。このような感性を持ち合わせない先生は失格といえます。緑進の先生はこの点を厳格なまでに行っています。言い換えれば、感性を持っていない先生を採用していないということです。

 皆さんもお子さんに教える機会があると思います。そのときは子どもに、やる気を引き出す“きっかけ”を一緒につくっていき、困っていたら、少しだけ手伝い(手伝いすぎるを自分でやらなくなる)、一緒に疑問を考えていくことで、子どもは伸び伸びとやっていくでしょう。大切なことは、子どもの心の状態を常に感じていることです。教育とはこのように極めて繊細な心理が働いているということを覚えておかれると良いでしょう。それではまた新たな1ヶ月を楽しんでいきましょう。
  1. 2007/09/19(水) 00:37:49|
  2. 石田勝紀からの便り
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